Nostalgic Dream Girl

この心臓を君に捧ぐ

いつかまたね交点の先で、/二宮和也さんへ

 

 意地でも飛行機に乗りたくなかった私は、東京から4時間かけて新幹線で向かった函館で1泊し、翌日早朝にまた4時間かけて特急で札幌へ向かった。二宮和也さんに会うため、である。理由はそれだけ。先日、二宮教の盲目的な信者である私達に現実を笑顔で突き付けた彼に、張り付けた笑顔で会いに行くために。

 

 全て、すべて覚悟していたことだった。二宮くんがこの先あの女性と結婚することくらい、きっとみんながみんな分かりきっていて、その上でまだ二宮くんを信じてしまう自分がそれぞれいたから、残念なことにそれは今日までそれは続いてしまったから、だからこんな思いを抱いてしまった。

 今回の熱愛が出た時に茶の間すら辞められなかった私の完敗と言ってしまって差し支えないだろう。あの時茶の間も降りていたら、きっとこんなに傷付くことはなかった。まあ今回のツアーは足を運んでしまった訳なんですけど。負け。

 ここまでしても「好き」を辞めさせてくれない二宮くんってなんなんだろう。降りることができたオタク、強靭な心を持ち過ぎでは?偉い。すごい。正解。

 私は好きな人にこころのかたちまでもが勝手に似ていくタイプのオタクで、且つ二宮くんに根っこを侵されたタイプのオタクなので、めちゃくちゃ優柔不断だし言われた通りに行動してしまうし、それが彼がくれた愛だと思ってしまう。

 そう。今までずっとこれが愛でした。二宮くんが私達にくれる愛って、中身があるようで何もない、そういう空っぽのものだった。見た目だけ重くて、でも中身がないから本当はめちゃくちゃ軽くて。でも私から見たらその愛にすら二宮くんらしさがあって、そういうところがどうしようもなく好きだった。全てアイドルとしてやさしい嘘をついてくれて、「二宮和也」と「アイドル・二宮和也」の分別をしっかりしてくれるところにすごく惹かれていた。

 チープな言葉を使って例えるなら、メンヘラくさい二宮くんがとてつもなく好きだったんだと思う。本来教祖であるべき彼が人間に堕ちてくる瞬間。やさしさだとかぬくもりだとか、そういうものに釣られて地に足をつける瞬間。勿論そういうものは目には見えないのだけれど、いつも透き通ったガラス玉のような彼の目が、ふとした瞬間に確かにどろりと人間のまなこになるところが好きだった。人間のくせにどこまでも人間らしさがなくて、でもどうしようもなく人間を愛してしまう人だから、人間くささだけはあって。他とは確実に違う空気感を纏って画面の中で笑う二宮くんが、本当に好きだった。

 二宮くんを信じてしまった私が悪い。二宮くんを好きになってしまった私が悪い。二宮くんを選んでしまった、私だけが悪い。二宮くんは何も悪くない、とここまでされて尚思ってしまうあたりやっぱりわたくし共は二宮教の信者なんですよね〜〜、二宮和也はカルト宗教。二宮くん、いま嗤ってます?愉快に鮮烈に生きていてくれたら、私はきっとそれでいいや。いや、何も良くはないんだけど。

 

 私は二宮くんの結婚を祝う気はないけれど、相手の女性に対して物騒な感情も特段覚えていない。ひとつ思うことは、「どうして今だったのか」って、ただそれだけ。

 ドームツアーが終わるまで待ってほしかった。2021年まで待てなかったとしても、せめて今回のツアーが終わるまでは何も行動を起こさないでいてほしかった。今回のツアー、他でもない貴方達自身の20周年のツアーなんだよ。ファンにとっても特別大切な年で、そういうツアー、なんだよ。それを二宮くんは分かっているはずなのに。ううん、違うな。私達の知る二宮和也という人は、それをちゃんと分かった上で、私達に寄り添うようにやさしい言葉をくれる人だった。いつの間にか隣に立ってうんうん、って笑って頷いてくれているかのような、そういう言葉を贈ってくれる人だった。過去形。私達の知る二宮和也は、私達が好きになった二宮和也は、きっともうこの世界の何処にもいない。何万人といるファンよりも自分の唯一を選んだことが、しかも「今」選んだことが、何よりの証明。

 

 アイドルであれなんであれ、「ファン」と呼ばれる人間を抱えている人間が結婚する度に起こる「本当のファンなら結婚を祝うべき」論争。これ本当に良くない。

 私は二宮くんと結婚できる未来なんて二宮くんと出会った瞬間から見ていない。二宮くんが私のものになる、なんて妄想は抱いたことがない。私をいつか迎えに来てくれる二宮くんなんて、ただの幻覚。二宮くんは数年前からあの女性のものだったし、その前も他の女性のものだった。ただそこには「恋人」という肩書きしかなかったから、特に思うことはなかった。二宮くんがアイドルとしてテレビの中で歌って踊って笑顔を届けてくれるなら、誰と付き合っていてくれていたってどうでもよかった。

 ただ、結婚は訳が違う。恋人が、夫婦になる。簡単に剥がせない、大きい肩書きがふたりにつけられる。私は、それが耐えられない。二宮くんがあの女性のものになったことが、書類に、国に、人に、認められたことが耐えられない。例え彼女がいたとしても、誰のものでもない二宮くんの顔をしていてくれたら良かった。それだけで、良かったのに。アイドルって、みんなのものでしょ。二宮くんって、ジャニーズのもので、嵐のもので、ファンのものでしょ。その認識は、もう違ったみたい。かつて二宮くんが描いていたアイドル像から二宮くん自身がかけ離れていく。コントかよ。

 アイドルだって人間なんだからって言うけど、アイドルは人間じゃないよ。アイドルは夢の延長線上にある偶像。実在しない、そういうもの。アイドルは光で、神様で、でもあくまで仕事で。人間でいることは許されない、そういう難しいお仕事。それをそつなくこなす二宮くんが、私の知る二宮くん。もういないけど。

 だからお祝いはしてあげられない。嘘でも煽りでも、「おめでとう」なんて。言えない。言えるわけない。ごめんね。20年以上もの間二宮くんをアイドルに縛り付けてしまったわけだから、本当は言ってあげたかったんだけれど。二宮くんの人間としての幸せを、祝福したかったんだけれど。二宮くんの幸せを、私も幸せと思いたかったよ。今となってはもう、何もかも無理だよ。

 

 二宮くんの為に書けることばが好きだった。二宮くんを見ていると身体のどこかから溢れてくる詩的な表現が、笑えるくらい好きだった。二宮くんを表せる言葉なんて前までこの世になかった。二宮くんはどんな言語のどんな言葉でも表せなかった。二宮くんは二宮くん、でしかなかった。そういう二宮くんが好きだった。

 今の二宮くんを表す言葉はね、簡単だよ。知ってる?馬鹿って言葉。

 

 私達が愛した神様も結局はただの人間で、大勢から注がれる愛よりも自分が注ぐ愛の方が大切だったって、それだけの話。ただそれだけのこと。私からしたらそれはもうアイドルではなくて、アイドルじゃない二宮くんは、もう二宮くんじゃない。

 

 

 ばいばい、二宮くん。本当に、本当に大好きでした。私がこの世で最も愛する人に出会えたのは、あの日きみがテレビの中で煌めいていたからに他ならない。きみが「オタク」っていう、生きる道をくれた。オタクになってなきゃ今頃死んでるなって本気で思うから、だから二宮くんには本当に感謝しています。ありがとう、あの日私と出会ってくれて。幼い私に光をくれた。本当にありがとう。

 今回のツアーの0901の挨拶が忘れられません。「決断していかなきゃいけないんだから、」って。ねえ、私もきみとのさよならを決断するよ。2021年以降も、生きるための言葉をくれてありがとう。私はきっと2019年11月12日より前の二宮くんにずっと救われて生きていくよ。私、今までで一番好きなアルバムが風景なんです。この先の人生、二宮くんのことをふと思い出した時、きっと何度でも1992*4##111を歌う時の二宮くんが真っ先に浮かぶと思う。たくさんの風船、ハートマーク、I♡Uの言葉。そのどれもが二宮くんの空想の世界の愛の物語で、私はそれが大好きだったから。一番好きだった頃の二宮くんを性懲りもなく思い出して、その度きっと、これまた性懲りもなく、少し愛おしく思ってしまうよ。

 春の柔らかさが似合うやさしいきみが好きでした。夏の日差しにも負けないくらいの、キラッキラのアイドルスマイルを浮かべるきみが好きでした。秋の一瞬の物憂げな表情を繊細に表現できるきみが好きでした。冬の月のもと、温もりを求めて他のメンバーに寄り添う時の人懐っこい笑顔も、ひとりでいる時に雪の中で立ち尽くす姿も、何もかも。二宮くんがアイドルとして私達に見せてくれたその顔が、その姿が。愛を弄ぶその歌声が、前向きになれる感情を与えてくれるその言葉が。アイドルとして、エンターテイナーとして、ピエロとして。私達にくれたその全てが、どこを切り取っても悔しいくらいにかっこよくて、憎いくらい好きでした。

 日常の中にいそうなくせして、どこにもいない、存在が非日常みたいなきみが、二宮くんが、可笑しいくらいに好きでした。今、きみへの言葉を打ちながら泣いてしまうくらいには。この先、もう二度を顔を見たくないくらい恨んでいるのに、ベストアーティストで抜かれたすごくかっこいいきみを見て仕事前にも関わらず大泣きしてしまうくらいには。死んだ顔して行った札幌で態度悪かったくせに、大好きなすてごで思わず立ち上がって泣いてしまうくらいには。寝る前に二宮くんの写真を見て、ほろほろと泣いてしまうくらいには。

 私の地獄の最初のきっかけこと、二宮和也さん。本当に、言い表せないくらいに、きみのことが好きでした。きみの幸せを願ったり祈ったりすることはできないけれど、私が知らない世界のどこかで、まあなんていうか、程々に笑って、健やかに生きていて。きみが幸せになることに対する憎しみまで、丸ごと愛して墓まで持っていくね。置いていくわけないよ。これからもずっと、抱えて生きていく。二宮くんがくれた道を、二宮くんがどこにもいないことを知りながら、二宮くんの影を探して、二宮くんへの愛憎を抱えて、この先も生きていくからね。

 それから、後に良かったと思ってもらえるような瞬間なんて来るわけがないから、それだけは覚悟しておくんだよ。馬鹿でもそれくらいわかるでしょ。ね。

 

 人生で何回二宮くん降りるって言えばいいんだろー、なんて笑ってきたけれど、今回こそは本当に帰ってこない気がする。ばいばい、私が愛したアイドル。これからのきみの人生で、きみがどうしても貫きたかったらしいその愛を、きみの生き様で証明してね。遠くの方から見ることにします。

 大好きだったことも、言葉の通り命を救われたことも、本当。さよならすることも、本当。

 言い慣れないけれど、またねはないけれど。でも、ありがとう。大好きだったし、今でも好きだよ、好き。でももう二宮くんを好きだって言うことはできないや。他人にも自分にも。二宮くんを好きでいることを誇れない自分がいる。だからさよなら。

 最後にひとつだけお願い。私が、私達が大好きなあの笑顔で、どうか腹立つくらいに笑って生きていってね。

 

 うじうじ悩むのおしまい!さよなら、大好きだったひと!