Nostalgic Dream Girl

この心臓を君に捧ぐ

2213日目の曲

 

タイトルは昔好きだった人のソロ曲より

 2213日
 果てしない、果てしない時間だと思う。我ながら、よくこんなに好きだな、と感心する。でも最早ここに恋愛感情というものは存在していなくて、一言で表してしまえば「崇拝」なのだと、そう感じる。

 定期的に伊東さんに対する感情を言葉にして整理したくなる。何度整理しても結論は同じなのだけれど、何度でも書いて確かめたくなる。はてブロに残しておくことで、いつか読み返した時に昔の自分に元気を貰えたりもする。だから、書いて残す。私のこの気持ちが、いつかの私にとって嘘にならないように書き留める。


 幸せな恋愛の歌は、昔想像した伊東さんとの暮らしを思い浮かべながら聴いてしまうし、心臓が苦しくなるような失恋の歌は2年程前の自分を思い返しながら聴いてしまう。確かに、確かに恋だった。他人の言葉を借りるなら、それが一番的確な言葉だ。確かに恋だったと思えるということは、つまり今もきっと好きなのだと思う。気付いている全ての感情に蓋をして、今日も私は嘘を吐く。ごめんね、ごめんね。本当に、ごめん。私の一番は、どうしたってあの人だけなの。私が信じるのはあの人が歌う言葉だけで、あの人がつくる音楽だけで、あの人が言う「大丈夫」だけなの。一番と呼べる存在は今もあの人だけで、誰が何をしたってそれだけは譲れないの。譲ることができないの。愛だと思ってはいるけれど、結局のところそれは崇拝に近い。

 何もなかった私に全てをくれた、そんな人。愛おしい傷をくれた人。あたたかい感情をくれた人。暗い色ばかりだった私の世界に、眩しすぎるほどの鮮やかな美しい色をくれた人。
 伊東さんのおかげで、大切な友人ができた。たくさんの笑顔をもらった。幸せの分涙だって流したけれど、そんなのどうでも良くなるくらいの大きさから幸せを貰った。恩返ししたいのに、貰ってばかり。もう返せないよ、返したいのに、返す方法が見つからないの。この気持ちだけで十分すぎるくらいに、確かに幸せなのに。なのに。ずっと一方的に受け取るだけで、何も返せない。出会って、救ってもらったあの日から、何も返せていないまま。幸せを貰った分、幸せを返したいのに。私はその手段をひとつも持っていない。こんなに、こんなに歯痒いことって他にあるのかなあ。

 私の希望、夢、光。私が持てる限りのきらきらしたものを全部詰め込んだらそれは伊東さんになるの。あの人のかたちをしているんじゃない。あの人自身になるの。だって伊東さんから貰ったきらきらしているもの、なんだから、それは伊東さん自身じゃなければ辻褄が合わないでしょう?
 私はね、そのきらきらしているものを、一生愛して生きていくって決めたんです。1年前に。もうガチ恋でもファンでもないの、それら全部を越えた何かに変わってしまったの。本当にね、馬鹿みたいだけど、がらくたみたいなそれらが何より愛しいの。宝物で、私にとっては宝石よりも輝くもので。あの人を思って生きた日々が嘘にならないように、あの人に救われて今も続いているいのちが、ちゃんと報われるように。せめてもの恩返しになるように。


 いつかのライブで、夢を託してくださいと言われました。これは前の記事でも書いたけれど、託していた夢は今はもう私の夢です。ちゃんとね、自分でやりたいこと、見つけたんだよ。すごいでしょう!あなたに貰ったこの夢を叶えることも、また恩返しのひとつになるかな。そう信じて、夢を叶える努力をします。

 伊東さんへ。私ね、本当に生きていて幸せ。これからもずっと歌っていてね、そうしたら私また生きていられるから。